こなさんち

しがないフリーランスエンジニアの備忘録。

メンタル練習

概要

「私がそうだなあ」と自分に当てはまった部分、参考になった部分をまとめる。

主に生きるのが楽になる心の習慣がしっくり来た。

どんな休みだと「やっちまった」と思うか

先週の日曜日私は16時間睡眠というとんでもない記録を出し「やっちまった」と思った。

後悔だ。

こういうときに「有意義だった」と思うか「やっちまった」と思うかが大事だが、割と前者が大きかったかな。ただ、休みに限らず後者の「やっちまった」と思うことは多い。私はストレスが溜まると無意識に出前を頼んでしまうのだが、その結果「やっちまった」が発動する。

あえてこれを明文化することで意識できると良いなと思う。「後悔する」ことを目的とするのではなく「何を後悔した」のかを明確にしてちゃんと改められる。

人によってはSNSをみてダラダラするも良い、ゲームをしてだらだらするのも良い。何をしたって良いのだ。

他人の噂にふりまわされない

今年、今の取引先の社長から「ここだけの話っすけど、○○さん、こなさんのこと怖いからこのプロジェクト控えたいそうですよ」って食事の時ぽつりと言われた。衝撃だった。今まで、他人が私を悪く言ってたよと他人づてに耳にする機会がなかったからだ。

今もまだそれをひきずっている。この場合、私は○○さんのことを悪く思っていなかったし、プロジェクトから手を引いてしまうのを悲しく思っていたからだ。

ここでよくあるのは「○○さんだってこういう悪いところあるのに」と悪口の連鎖が発生することだ。幸い私にはなかったが否応にして発生する。この書にはやり返すことも含めて人の悪口を伝播させることは「品性が下がる」と書かれていた。

誰が相手でも品性が下がることはやめたほうが良い、ということだ。

SNSなんか特にそうだ。他人の悪口はすぐに拡散され、言われた人が感情を強く揺さぶられ怒ったり泣いたりするとその輪は広がっていく。品性が下がること(悪口陰口を言う)ことは誰に対しても避けるのが良い。

たとえ、やりかえそうとすれば、相手と同じ土俵に下りることになる。相手と同じ下品な人間になるので、スルーする力や、無意識の鈍感さが自分の心身を守るために必要なメンタルを育てることになる。

SNSに於いては私も他人の悪口を見て面白がってしまうことに心当たりはあるので改めたい。

自己肯定感の低い人がやるべき一つのこと

相手の褒め言葉は無条件に一度受け入れる。相手の嘘であろうとお世辞であろうと一旦「ありがとうございます」と受け取ると相手も謙遜されるより良い。褒められた現実だけが残るのだ。それが嘘だとしてもそのような嘘をつく人には怒ったり悲しんだりする必要性がない。

どうしても気になるのあら、ちょっとだけでも「嫌だな」と思う人に向ける目を閉じることもやる勇気も必要。行動しようとするのはタダ。

褒めるに値するかは相手が決めることだから自分が鑑賞することではない。自分は褒めるに値しない人間だと言って本当に褒めたことを否定するのは相手を悲しませるだけなのだ。「私は褒めるに値しない」と言っている人は知らず知らずのうちに多くの人の善意を否定している。

褒め上手になるために褒められ上手になる

どう褒められたら自分は受け入れやすいのかを考える。前述の「受け入れる」を前提にした状態でだ。自分が褒められて嬉しいことに対して常に注意を向け意識すると良い。

そして、自分が褒められて嬉しかったことを相手にもやってみると相手も褒められて嬉しい状態が作れる。まずは自分で自分を褒める。抵抗はもちろんあるかもしれないが、自分の理想の褒めを実行できるのは自分しかいない。

自分が気持ちよく、生きやすく楽になるために人を褒めるのだ。

引用元

「ゆるメンタル練習帳」